水戸地方裁判所 昭和27年(行)18号 判決
原告 小島勝次郎 外二〇名
被告 茨城県知事
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
第一、当事者の申立
原告等訴訟代理人は「被告が昭和二十七年四月十二日附書面をもつて、別紙目録記載の土地につきさきになした売渡処分を取り消した処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めた。
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求原因
訴外朝日村農地委員会は、原告等が昭和二十五年四月頃なした買受申請にもとずき訴外鶴町保平所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する)について、昭和二十五年五月二十日頃これを鶴町から買収する旨並びにこれを別紙目録売渡の相手方の欄記載の原告にそれぞれ売り渡す旨の計画を樹立し(買収並びに売渡期日同年七月二日)、同年五月二十日縦覧期間を同日以降十日間と定めて公告した。次いで前記村農地委員会は同年六月十九日の会議において右の買収並びに売渡計画はいずれも異議の申立がないものとして確認し、これが承認方を茨城県農地委員会に申請し、同委員会の承認により右両計画はこゝに確定を見るに至つた。次いで被告知事は右の買収並びに売渡計画にもとずき買収令書並びに売渡通知書を発行し、右令書はその頃鶴町に交付され、又売渡通知書は昭和二十六年三、四月頃原告が前記村農地委員会事務所において、係員の申出に応じ同委員会の登記嘱託手続の便宜上現実に手交をうけることを省略しその侭同委員会に保管を依頼し、売渡通知書のいわゆる交付手続は済んでいる。ところが県農地委員会は昭和二十七年三月三十一日前記売渡計画に関する承認を取り消す旨決議し、次いで被告知事は同年四月十二日付書面をもつて原告に対し前記売渡処分はその基本となつた売渡計画に関する承認が取り消されたから無効に帰した、故にその無効を宣言する意味においてこれを取り消す旨の通知を発し、同書面は同月二十八日原告に到達した。
しかしながら、一旦売渡通知書の交付によつて売渡処分を完了しているのに、その後においてその基本となつた売渡計画に関する承認を取り消すというようなことは、行政処分の法的安定並びに社会経済上の立場から見て到底許さるべきものではなく、前記承認の取消処分従つてまたこれを前提とする売渡処分の取消処分は違法無効の処分たるを免れない。よつて右売渡処分の取消処分が無効であることの確認を求める。
二、答弁
原告等の主張する事実のうち、訴外朝日村農地委員会が訴外鶴町保平所有の本件土地について買収並びに売渡計画が樹立せられたものとして茨城県農地委員会に対しこれが承認の申請をなしたところ、同委員会は右の両計画が適法な手続のもとに成立したものと考え承認の決議をなしたこと、同委員会はその後昭和二十七年三月三十一日右承認を取り消す旨の議決をなし、次いで被告は原告等に対し昭和二十七年四月十二日附書面をもつて原告等主張の趣旨の売渡処分取消の通知を発し、同書面はいずれも同月二十八日原告等に送達されたことは認める。しかし本件土地について買収並びに売渡計画が樹立せられたこと、同地につき買収令書、売渡通知書が発行され、それぞれ鶴町及び原告等に交付されたという点は否認する。本件土地に関する買収並びに売渡手続の経過は次のとおりである。即ち本件土地については昭和二十五年六月十五日原告等のうち、倉持とよ外六名のものから書面(乙第一号証の一乃至七の原本)をもつて、又同月十六、七日頃その余の原告等から代理人を通じて口頭をもつて宅地買受の申請がなされた。次いで前記村農地委員会は昭和二十五年六月十九日の会議において、本件土地につき作成された買収計画原案並びに売渡計画原案(同書面に記載された売渡の相手方は原告等主張の通り)につき審議したが、右両計画の樹立決定は保留し、後日の会議にゆずることとして閉会した。(同日以前の会議において右土地に関する買収並びに売渡計画原案が上程された事実はない)ところが村農地委員会は前記昭和二十五年六月十九日の会議において計画樹立の決定がなされた土地のみについて計画承認の申請手続をとるべきであつたのに、事務上の手違いから決議保留となつた本件土地についても、計画樹立済みの土地と一括して計画承認の申請をなしたため、県農地委員会は本件土地についても法規どおり計画が樹立せられたものと誤信しこれを承認した。ところがその後になつて村農地委員会は前記の経過を発見し、県農地委員会に対しさきになされた承認の取消方を申請しその結果前記のように承認の取消がなされたのである。そして被告知事は本件土地について買収令書、売渡通知書が発行の上それぞれ交付手続が済んでいるものと誤信し前記のような取消処分をなし、又鶴町保平に対しては買収処分無効通知をなしたのである。以上のような次第で原告等は前記取消処分の無効確認を求める法律上の利益を欠き、本訴請求は排斥せらるべきである。
三、答弁に対する原告等の陳述
本件土地に関する買収処分無効通知が被告主張の頃鶴町保平に到達したことは認める。
第三、証拠方法<省略>
三、理 由
被告知事が訴外鶴町保平所有の本件土地につき、別紙目録記載の「売渡の相手方」の欄に記入した原告等をそれぞれ売渡の相手方とし、売渡期日を昭和二十五年七月二日とする売渡処分がなされたものとし原告等に宛てて昭和二十七年四月十二日附書面をもつて右処分が無効であることを宣言する趣旨のもとにこれを取り消す旨の通知を発し、同書面は同月二十八日原告等に到達したことは当事者間に争がないところである。
原告は右の売渡処分の取消が無効であるからその確認を求めるというのであるが、このように行政処分の無効確認を求めうるがためにはこの行政処分即ち取消処分によつて原告等の権利乃至法律上の利益が侵害されたという事実が存在しなければならない。これがためには、取消にかゝる原処分即ち売渡処分が行政処分として存在しなかつたり無効のものであつたりしない場合であることを要するものといわなければならない。何となればもしその売渡処分が行政処分として存在しなかつたり無効のものであるならば、この売渡処分を取り消したところで、これがために特に原告等の権利乃至法律上の利益が侵害されたことにならないからである。このような場合には右取消処分の無効確認を求める法律上の利益を欠き、その訴は棄却を免れないものといわなければならない。
ところで、成立に争のない甲第一号証の一乃至十八・同第二号証の一乃至十六・乙第一号証の一乃至七・同第三、第六、第七、第八号証証人宮本学の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証、同証人並びに証人滝沢クメの各証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証及び証人篠崎庫之助、滝沢クメ、宮本学の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地のうち字鶉原二二二六番・二二九五番・二三一九番・二三七七番・二三八七番・二〇三三番の一九四・二〇三三番の一九六(前記乙第一号証の三には二〇三三ノ九九と記載されてあるが、この枝番は乙第六号証の記載に照らし誤記と認められる)以上の七筆については別紙目録記載の「売渡の相手方」の欄中それぞれの土地に該当する原告等から昭和二十五年六月十五日書面をもつて宅地買受の申請があり、爾余の土地については、翌十六日頃野沢勝之助が右「売渡の相手方」欄記載の他の原告等の代理人ともなつて口頭で買受申込をしたので、朝日村農地委員会事務局においては以上を自創法第十五条による買収申請として扱つたこと、同委員会は同月十六日会長(宮本学)名義をもつて地主である鶴町保平に対し本件土地について原告等から買受申請があつた旨を通知したところ、翌十七日鶴町から書面(乙第十一号証但し日附の点は訂正部分を除く)をもつて本件土地の買収には不服なる旨の申立があつたことしかし宮本会長は、この紛争は本件土地の所在する部落出身の委員川田福一、野沢勝之助等の斡旋により同月十九日開催さるべき委員会の会議までには一応解決され右の不服申立も取り下げられる見込があるものと考え、委員会書記滝沢クメ等は会長の指図により買収並びに売渡の各計画書用紙を以て本件土地をも含めていわゆる第十六回買収計画原案並びに第五回売渡計画原案を作成したこと、(尚右の各原案には公告開始期日を同年五月二十日と表示されてあるが、これは村農地委員会が、茨城県の所管当局から買収並びに売渡期日と公告開始期日との間に約四十日の期間をおくよう指導をうけていたが、この買収並びに売渡期日が同年七月二日であつた関係上、前記日附を記載したものであることは前記宮本証人の証言により窺われる)。同原案は同年六月十九日開催された委員会の会議に上程附議されたのであるが、前記の紛争は未だ解決を見なかつたので、前記両委員の向後の努力に期待し本件土地に関する計画案は可否いずれとも決定することを留保したこと、ところが前記滝沢書記等は右の第十六回買収計画並びに第五回売渡計画の各承認申請手続をとるに当り、予め他の土地と一括して作成しておいた右両計画承認申請の関係書類のうちから、本件土地に関する分を削除して県農地委員会に送付すべきであつたのに、当時恰も事務多忙のこととて誤まつてこれを削除することなく右書類をそのまゝ同委員会に送付しその承認を求めたため、同委員会は本件土地についても同書類記載の他の土地と同様、正規の手続を経て計画が樹立されたものと誤認してこれを承認したこと、朝日村当局は右委員会から代金納入に関する書類の送付をうけたので、収入役は原告等に宛てて代金納入の通知を発し、原告等から所定の代金の納付をうけたこと、村農地委員会においては前記の会日を除いては本件土地に関する買収並びに売渡計画につき曽て審議された事実のないこと、本件土地に関する買収令書、売渡通知書は全然作成されず、従つてこれが交付手続も全くなされなかつたこと、前記のように県農地委員会による計画承認手続がなされた後、前記滝沢書記が鶴町保平から本件土地に関する買収手続について尋ねられた際に、調査した結果前記のような経緯のもとに、右委員会の承認があつたことを発見したので、宮本会長は同委員会に対し右の経過を報告するとともに、本件土地についてはさきになした承認を取り消し買収並びに売渡手続を中止するよう申請したこと。その結果右の承認は同委員会の取り消すところとなり、(この承認取消の点は当事者間に争がない)次いで被告知事はさきに売渡通知書が発行、交付されたものと誤信し、前掲のように売渡処分を取り消し、又買収処分についても同様に被告知事から鶴町保平に対し取消の通知がなされたこと、以上のような経過事実が認められる。証人宮本政一の証言のうち右認定に牴触する部分は前記証拠に比照し信用するわけにはいかない。尚甲第六号証の記載によれば、昭和二十六年七月十九日開催の村農地委員会の会議において、議長は本件土地については一旦買収乃至売渡計画が樹立されたもののように発言していることを窺い得るが、当時村農地委員会の会長として右の議長をつとめた証人宮本学(一部)並びに同滝沢クメの各証言を合わせ考えると、当時同委員会の会長及び事務局の係員等は事務局において買収並びに売渡計画の原案を作成した場合にはこれが即ち計画を樹立したことになるものと誤解していた関係上、議長が右のような誤まつた発言をするに至つたものと解せられるから、右の記載は前認定に牴触するものではない。又原本の存在並びにその成立に争のない甲第四号証(鶴町保平名義の異議申立書と題する書面の写)の記載のうち日附が昭和二十五年七月十日となつている点は、前記乙第十一号証並びに証人宮本学の証言と比較検討すると、一旦同年六月十七日附で同日提出されたのを後に七月十日と訂正した「異議申立書」なる書面の原本を永井安則が手写するとき右訂正された日附を記載したに過ぎず、原本の方は後に又六月十七日と再訂正になつていることが認められるので、前記認定事実を左右する証拠とはならない。更に又成立について争のない甲第三号証(昭和二十五年六月十九日開催の朝日村農地委員会議事録写)は訴外永井安則が原告代理人の依頼により昭和二十六年七月二十五日頃朝日村農地委員会の事務所のあつた同村役場内で、宮本会長から同年六月十九日の会議の議事録であるとして呈示されたものを手写したものであることは証人永井安則の証言及び弁論の全趣旨によつて明らかであつて、右甲第三号証と成立に争のない乙第四号証の二とを比較検討すると、冒頭の記載部分、末尾記載部分が相違し、又甲第三号証の方は片仮名で書いてあるところが乙第四号証の二は平仮名になつていたり、乙第四号証の二は本件土地の買収売渡計画以外の事項についての審議の経過をも記載してあることが明らかであり、これと永井証人の証言を綜合すると、乙第四号証の二は、永井が手写した後更に右委員会係員が内容を整備補充して作成したものであることがうかゞわれるのである。しかし甲第三号証に本件土地の買収売渡計画についての審議に関する議事として記載されているところはそのまゝ乙第四号証の二にも記載されてあり、(甲第三号証には「それぞれ地主より異議申立が出て居ります。」との部分がぬけているが、それはその前後の文面から推して手写の際脱洩したものと思われる)双方ともに、原告主張のように先に樹立された本件土地の買収並びに売渡の各計画を異議申立のないものとして確認したというような記載はないのであつて、甲第三号証を以て前記認定を左右する証拠とすることもできないのである。
以上の事実によると、本件土地については、原告等を相手方とする売渡処分なるものは全然なされておらず、外形上も存在しないものといわなければならない。しかも前記のように、買収並びに売渡の各計画樹立の議決がなされていなかつたのであるから、仮に売渡通知書が原告等に交付されていたとしても、売渡処分としては当然無効のものであるこというまでもない。従つて原告等のいわゆる売渡処分の取消処分の無効確認を求める本訴請求は法律上の利益を欠き到底棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 石崎政男)